SSブログ

f植物園の巣穴 [本]

解けた不思議世界

 17日に買った単行本『f植物園の巣穴』梨木香歩作、朝日新聞出版。装丁がまた素晴らしい。加藤竹斎という人の『小石川植物園植物図』から選んだ絵だというのだが、江戸時代の方かもしれない。めずらしく3日で読み上げた。けっして速い方ではないが、一度に二冊三冊の本を読んでいるために、読み上げる日数がかかってしまう。

P8210001 1.jpg

予想どおり、不思議世界・異界譚であった。『家守綺譚』もそうであったが、いっそう拍車がかかっているように思われる。『裏庭』を読んで、梨木ワールドのファンになったのだが、このワールドには、いくつかの共通項が存在する。重要なテーマは、―死―である。そして、このテーマに寄り添うかたちで、夢や現実(うつつ)、精霊、自然といったテーマが存在する。

今回の、『f植物園の巣穴』にも同様のテーマともう一つ(埋もれた記憶)が絡んでくる。小説の主人公は、f植物園の園丁であるが、自分の受け持ち区域の水生植物園を(隠り江)と称して、公開に向けて整地している。その中にある椋の木のホラに落ちてしまうことから、話しがすすんでいく。始めは暗い藪の中の小道を下へ下へおりていってるのだろうと思った。いつか水の底に沈んでいき、さらに下流を目指す。途中、かえるのような顔をもった生き物と友だちになり、だんだんその子との会話が進歩してくる。遠い記憶の中の実家や景色が登場し、下へすすむという行動が、記憶をたぐっていくという行為であることに気付かされる。

P8210002 2.jpg

この小説の中には、いくつかのキーワードがある。ナマズ・キツネ・犬・カエル・鯉・鶏などの動物、秋海棠・水仙・椋木・白木蓮・ムジナモなどの植物、アイルランドの精霊たち、オオゲツヒメや稲荷・イザナミノミコトなどである。だれかを訪ねて、旅をしているようでもあるし、現在を求めて出口をさがしているようでもある。息苦しさに出口を求めているのは、読み手である自分だと気付く。
論理性とは無縁の展開、あるのは過去の事実を顕在化させていく放浪の旅だけ。たぶんこういう筋立ての話はあまり好きではない人もおられるだろう。でも、何か惹かれるものがあるのだ。―死―を超越するものは存在するのか。イザナミの神話でも、オルフェの場合もその探求だったように。おそらく、死を乗り越える世界が必要だったのだろう。
オオゲツヒメは死体から、たくさんの穀類や豆類、植物の種が生まれる。死と再生の物語なのかもしれない。

最後は、もちろん椋の木の巣穴から出てくるわけだが、感動的な結末が待っていた。しっとりとした人間らしい共感にあふれた結末が。

梨木香歩さんの頭の中って一体どうなっているのだろう。こうも複雑な構造を作って、変にならないのが不思議だ。しかもとっておきの結末を用意しているなんて、心憎い。読者をあやしの世界に導いて、しかも不快感はなく、さいごに爽快感をもたらしてくれる。

fとは、まったく何か語られないが、小石川植物園が背景にあるようだ。おりしもその夜の『美の壺』では、ヴァイオリンの美についてやっていた。その胴にうがたれたfの孔、女性の綴りのfだとも言っていたが。世の中は、因縁に満ちていると感じた。



丹生都比売

丹生都比売

  • 作者: 梨木 香歩
  • 出版社/メーカー: 原生林
  • 発売日: 1995/11
  • メディア: 単行本




沼地のある森を抜けて (新潮文庫)

沼地のある森を抜けて (新潮文庫)

  • 作者: 梨木 香歩
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2008/11/27
  • メディア: 文庫



nice!(9)  コメント(2)  トラックバック(0) 
共通テーマ:

nice! 9

コメント 2

SAWA

南九州に旅していたので、久々の訪問となり、一気に過去のブログも読ませて頂きました~(´▽`)

京都の植物園に私も行ったことがあるので、とても懐かしい感じがしました。
また、この本、本当に装丁が素晴らしいですね♪

by SAWA (2009-08-23 13:57) 

whitered

お帰りなさい!お天気が良くなったので、暑いくらいではなかったですか?
この間、植物園尽くしになってま~す。梨木さんの世界が、今一番ぴったりくるのです。本当は、『きもの文化検定』に向けて、勉強しなければならないのですが、寄り道しています。
by whitered (2009-08-23 17:24) 

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。